煮込んだスープが少なくなり、やがて、鍋からはくつくつと美味しそうな音がたち始めていた。
トルタは一生懸命それをかき混ぜながら、何度となく味見をしている。


「おばあちゃん……ちょっとみてくれる?」
「はいはい」



 小皿とスプーンを持ってきて、トルタは中身を冷ましながら私に手渡す。


「……うん。味付けは大丈夫」
「ほ、ほんと?」
「本当よ。嘘はつかないわ。後でクリスにも聞いてみたら?」
「……それは、ちょっと。美味しくなかったって言われたら嫌だから」
「……好きになさい。とにかく、早くクリスになにか食べさせないとね」
「は〜い」



 できあがったリゾットを、トルタが慎重に二階まで運んでいく。
私の足ももうだいぶがたが来ているから、こうしてトルタがいてくれて助かっていた。
すぐにその後を追い、二階へと上がる。
 頑丈な木の手摺りにつかまり、一段一段をゆっくりと上っていく。
息を切らせたところを見せると二人とも気を遣うだろうから、登り切ったところで一端息を整える。
自分ももう年なんだと気づかされるのは、こんな時だ。
 呼吸を整えていると、クリスのいるはずの部屋から言い争うような声がする。
いつものことだろうと思ってはみたが、結局予定よりも早く部屋に向かわざるを得なかった。


「こら、なにをやっているの」


 ドアを開けて優しく言うと、二人ともぴたりと言葉を止めてこちらを見た。
ぼんやりとだが、それくらいはわかる。


「あ……だって、クリスが一人で食べられないのに文句言うから」
「……だから、食べられるって」
「そう言ってこぼしたじゃない!」
「熱かったから手が滑っただけだって!」
「それが食べられないって言ってるの!」
「……はいはい。二人とも黙りなさい」



 上半身だけ起きあがって反論したクリスも、大きく息を吐きながら再びベッドに倒れ込んだ。
こんな状態で大きな声を出したせいだろう。


「じゃあ、私が食べさせるから、トルタはタオルでも持ってきて。クリスにはこれから汗をたくさんかかせないと」
「……は〜い」
「クリスも、それなら良いね?」
「……はい」



 思わず笑ってしまいそうになる。クリスもトルタも、まだまだ子供なのだ。
もどかしいが、老人は口をはざまず、黙って成長するのを見届けなければならない。
あまりに逸脱するようなら、助言くらいは必要になるだろうが、この二人なら大丈夫だろう。
私は、信じている。


「……ありがとうございます。すごく美味しいです」
「そう? ちょっと出来が不安だったんだけどね」
「いつも通り、美味しいですよ」
「それは良かったわ」



 クリスは綺麗に一皿のリゾットを平らげ、満足そうに息をついた。それを機に私も立ち上がる。


「さ、あとはトルタがタオルを持って来るから、とにかく寝なさい。
起きて、汗をたくさんかいていたら、枕元に置いてあるタオルで身体を拭くのよ。
トルタに自分の部屋にいるように言っておくから、呼べばくるでしょう。
着替えも用意しておくから、遠慮はしないこと。いい?」
「……はい」



 ドアを開けて廊下に出ると、トルタがタオルを持ったまま中の様子を窺っているようだった。


「あ……おばあちゃん」


 中には聞こえないような声で、トルタは呟いた。
私もそれにならい、声を潜めた。


「全部聞いてたかい?」
「……うん」
「美味しいって言ってたよ」
「おばあちゃんの前だからだよ」



 そう言いながらも、その声は嬉しさを隠しきれていない。


「そういうことにしておきましょうか。それで、最後まで聞いていたね?」
「うん。タオルを置いて、部屋で待ってればいいんでしょ?」
「ああ。お願いしたよ。私は下に降りるから」
「任せておいて」



  自信ありげにトルタは言って、部屋へと入っていった。

 

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