――という、夢を見た。
いや、実際には夢なんかじゃなく、現実に僕の身に起こったことだ。あまりそのときのことを覚えてはいないんだけど、こうして今、夢という形ではっきりと思い出すことができた。
「なんでだまりこんでるの? 風邪は? 大丈夫?」
「……いや、駄目。それでフォーニは、なにをしてるのかな?」
「だから、濡れたタオルでクリスの頭を冷やそうと」
全くもって、進歩が無い。
「ずっと前に説明したよね。フォーニの力じゃタオルは絞れないんだからって」
フォーニが、好意からそうしてくれているのはわかる。それに非常に感謝もしているけど、気持ちだけで充分だった。
どうやってか台所で濡らしたタオルを、あまり絞らない状態で僕の頭の上まで持ってくるものだから、フォーニが通った後にはなめくじが這ったような水の跡ができていた。おまけに布団と僕の頭が、びしょびしょになっている。
「風邪はもう大丈夫。頼むから、これ以上悪くさせないで」
「な、なによ! クリスが柄にもなく夏風邪なんて引くからいけないんじゃない!」
「……それは、責任転嫁だって」
「なによ! 寂しいからって昨日はトルタの家まで行っちゃうから、悪くなるのよ」
「だから、悪くなってないって。もしこれから悪くなるとしたら、フォーニの責任だって言ってるの。……いや、それ以前に、寂しくなんかないって」
「聞いちゃったもん。『側にいてって』ってクリスが寝言で言ってるの」
「……嘘だ」
「嘘じゃないって、トルタだって聞いてたもん」
……ああ、この話は分が悪い。寝言で自分がなにを言っていたかなんて、他人の言葉を信じるしかないものだ。
「百歩譲って言ったとしても、トルタやフォーニにじゃないよ」
「アルでしょ? そのくらい知ってるよ。でも寂しがりやだってのは変わらないんだから」
勝ち誇ったようにフォーニが言う。僕がいないと机の上にも登れないくせに、という言葉をすんでのところで飲み込む。さっき見た夢の影響がまだ残っているのか、なぜかフォーニを怒る気にはなれなかった。
「はいはい……わかったよ」
とりあえずの負けを認めて、乾いたタオルを探しにベッドから起きあがる。髪からはまだ水滴がしたたり落ちているけど、早く気づいたせいか、まだそれほど冷えてはいない。
結局アルは、フォーニの姿を見ることはできないみたいだった。去年と一昨年の十二月二十五日、ナターレの日に遊びに来たとき、目の前でフォーニをしゃべらせてみたんだけど、なんの反応もなかった。
トルタも何回かこの部屋に来たことがあるけど、やはり同じ反応だったのを覚えている。僕にしか見えていない、という不信感も、今では忘れてしまうほどだ。
一方フォーニの方はなぜかアルとトルタをいたく気に入り、今では僕との会話で呼び捨てにするほどだ。
「とにかく、今後風邪を引いたときは、今日みたいな起こし方は駄目だからね」
「はいは〜い」
わかったのかわかっていないのか……。フォーニは、まださっきの勝利の余韻を引きずっているかように、勝ち誇っている。それがなんだかおかしくて、さっきの夢で最後にしたように、小指をフォーニの前に差し出した。
「これからも、よろしく」
音の妖精は、驚いたような顔をして、それからまた、僕の指をきゅって握った。その手は暖かくて、濡れたタオルを絞った手の冷たさを、奪い去っていく。
「これからも、よろしくね。クリス」
End
著:Q'tron
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