「……念のために聞いておくが、他にも候補はいるんだろうな?」
「はい、もちろんです。他の人とも色々合わせている最中です。
あ……でもだからといって、いい加減な気持ちで選んでいるわけでは……」
「いや、そんな懸念はしていない。その中から一番良いと思える人を選ぶといい。
かえって君の方を心配したいくらいだ」
「クリスさんのことですか?」
「ああ。会ったことは? もうなにか話したりはしたのか?」
「いえ、まだです。最近ちょっと忙しくて……それで、お聞きしたいことがあったんです。
パートナーはもう、決まってしまったんでしょうか?」
「いや、まだだ。午前のレッスン前に聞いたから、確かだ。
ついでに会っておけばよかったんじゃないか?」
「いえ、私も色々と忙しいので。時間がとれたときにでもお会いして話してみます」
「そうか。で、今日の用事はそれだけだったか?」
「はい。それだけ聞ければ大丈夫です」
「済まなかったな。余計な時間を取らせて」
「いえ、楽しかったですから。上手い人とアンサンブルするのは、良い勉強にもなりますし」



 歯の浮くような言葉を笑顔で言い残し、本当に忙しいのか、彼女はすぐにもレッスン室を出ていった。
私は苦笑しながら、これからのことを考える。
 あまり真剣に相手を捜そうとしないクリスのために、パートナーの候補をこちらからも用意するつもりだったが、彼女も良い候補になるかもしれない。


 久しぶりに有意義な時間を過ごせたと満足していたら、いつの間にか昼休みも終わっていたらしい。
背後でドアを開けた音がする。



「では、失礼します」


 ドアの前で話していたのか、アーシノが誰かにそう話しかけたのが聞こえた。


「はい、失礼します」


 続いて聞こえた女性の声に、当たり前だが聞き覚えがあった。


「おはよう、アーシノ」
「おはようございます」
「今のは、ファルシータ君か?」
「あ、はい。そこで会ったので、少し話を」



 彼もまた、不肖の弟子とも言えた。
同じくパートナーが決まっていないような状態なのに、なぜか今も笑顔で、不安な様子などみじんも感じられない。



「知り合いか?」
「一応、そうなりますかね。知らない生徒の方が珍しいんでしょうけど」
「それもそうか」



 生徒会の会長を務めるほどだ。私よりは生徒の方がよく知っているのも当然か。
 クリスとは違い、アーシノは社交性について、心配する必要が全くなかった。
パートナーに関しては、彼に任せておいても大丈夫だろう。
 ただし、フォルテールの実力はまだまだだった。
それに焦りを感じていないのが問題なのだが、どうも私のその心配は、伝わってはくれない。



 そのときちょうど、昼休みを終えるチャイムが鳴り響いた。


「さて。それではレッスンを始めようか」


 心配することは山ほどある。どうしてこう、手の掛かる生徒ほどかわいくなってしまうのだろうか。
親の心子知らずとはよく言ったもので、アーシノもクリスも、私の気苦労には気づいてもいない。
 その事実に苦笑しながら、講師もなかなか大変なものだと実感した。



End

著:Q'tron

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