『Liselsia』
三年生ともなると、それなりに自分のこともわかってくる。
学生の身分でおこがましいと、きっと私の両親なら言うだろう。そして、がんばれと。
でも現実はそれほど甘くはなく、事実、私は落ちこぼれだった。
私がフォルテール科に進学したのは、単に魔力があるからというだけに過ぎない。その才能に自惚れ、一時は本気で音楽家になろうと考えたこともあった。しかし才能なんてものは実際にはなく、あるのはただ、資質というか、資格だけだった。それを使って何をしたいかという部分が全く抜けていたので、今のこの結果は、当然の成り行きともいえる。
私はただ、そんなことを考えながらぼうっと廊下を歩いていた。卒業発表がもうあと一、二ヶ月まで近づいているというのに、まだパートナーさえ決まっていない。
今日は休みとはいえ、練習をする生徒のために、いつでも学院の門は開いている。焦燥感だけは人一倍あったから、私は練習と称して校内をうろついている。
すぐ近くから歌声のようなものが聞こえて立ち止まると、廊下のすぐ先の曲がり角からから急に人影が現れた。
「きゃ!」
誰かが……多分女の子が私にぶつかって、小さな声を上げる。私は女の子にしては大柄だったから、そんなにかわいい声もあげず、ただ何だろうと思っただけだった。ちょうど胸の辺りにある制服のボタンが顔に当たったのか、その女生徒はおでこを押さえて泣きそうな顔をしていた。肩からずり落ちそうになってしまったフォルテールのケースを抱え直しながらとりあえず謝る。
「あ、ごめんなさい」
「うぅ……あ……はい。あ、いえ、こちらこそごめんなさい」
彼女はぺこり、と深くお辞儀をした。礼儀正しい子だ。それに、身体つきもずいぶんと小さい。よく見ると制服を着ていなかったから、うちの生徒ではないのかもしれない。
「あの……あなた、うちの生徒?」
「あ……いえ……あ、違うんです。今度の春から、ここに入学することになりました……んですけど」
私の制服を見て、先輩だったと悟ったらしい。緊張を増した様子でそう答えた。それがなんだかかわいらしく、彼女の気をほぐすために優しく続けた。
「そんなに緊張しないで。とりあえずおめでとう。私は今年卒業だから、一緒にはならないけど、あなたはがんばってね」
「……あなたは?」
考えていたことが思わず口に出てしまった。これ以上話しても愚痴っぽくなるだけだったので、私は笑ってごまかした。そして、簡単な疑問を口にする。
「そう言えば、さっき歌ってたよね」
「あ……いえ」
なにが恥ずかしいのか、彼女はうつむいて否定した。そうして下を向くと、身長の違いのせいで、顔は全く見えなくなる。
「歌……好きなの?」
彼女はその質問に、しばらく考え込むように黙った後、小さな声で答えた。
「……はい」
「あはは。緊張しなくていいって。好きなのはいいことだよ」
そう、とても良いことだ。
「ところで、こんなとこでなにしてたの?」
「あ……父に連れられてきたんですが、用事があるようなので時間を潰してくるように言われまして」
なんとなくだったけど、この子に興味がわいたっていうのもあった。気づけば気さくに話しかけてしまっている。話し相手が欲しかったのも、きっとある。
「じゃあ、まだ暇なの?」
「え? あ、はい。あと一時間くらいは」
「なら、少し付き合わない? 案内くらいはできるよ」
ふとした気の迷いだろうか。これからこの学院で学ぶであろう女生徒に、校内を案内してあげようという気になった。なにより、さっき少しだけ聞いたソプラノの美しい歌声が、まだ耳に残っているような気がする。
もう一度聞いてみたいと思わせる、そんな声だった。でもこの子は内気そうで、なんだか歌ってくれる気がしない。でも、だからこそ聞いてみたいとよけいに思わせた。
半ば強引に連れ出すようにその手を握る。
「え? あ……」
「あなた、名前は?」
「リ……リセ……です」
「そっか、よろしく。私はラッセン。ラッセン・ナート」
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