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 ジーンは、ポケットからルージュのケースを取り出し、続けた。

「この口紅には、遅効性の毒が入ってるの。皮膚から浸透して、千分の一ミリグラムで死に至るわ」
「……なら、先にそっちが死ぬんじゃないのか?」
「解毒剤があるから。だから遅効性なのよ。でも、別に即効性でも抗体をあらかじめ体内に作っておけば、問題はないわ」

 毒……ね。可能性の一つとして考えてはいたが、口に入れる物全てに気を配ったところで、駄目な訳か。ようするに人を信用しないのが一番だ。

「わかった。毒やガスに弱いってことだな」
「例えば、密閉された部屋に水を流し込んでも死ぬわね。あなた達の力は決して万能ではないの。あなた達が、物体だと認識できないものには無力だということ」

 思ったよりも、たくさんの方法があることを再認識した。しかし知ることにより、警戒することも可能になる。決して無駄ではなかった。

「助かった。それじゃあな」
「あら、解毒剤はいらないの?」
「……ジョークか?」

 ジーンは答える代わりに、ポケットから出した錠剤を一つ水も無しに飲み込んだ。

「取引しましょうか」

 もう一つの錠剤を手の平に乗せ、ころころと転がす。

「明日からは、きちんと彼らと話し合う。そう約束してくれれば、これをあげるわ」「……無理矢理にでも奪い取る、って選択は?」
「どう見ても、あなたが拷問に長けているとは思えないけど」
「方法はそれだけじゃない。ま、欲求不満のあんたにとっちゃ、大したことじゃないかもしれないがな」

 いつも余裕の笑みを浮かべているジーンが、表情を変えた。
 しかし、彼女は声を出して笑い、いっそう不快感が増しただけだった。

「避妊具にも、下着にも――もちろん身体の中にでも仕掛けられるわよ。別の危険を冒すだけの価値はあるかしら?」
「あんたはいい女だからな」

 軽口で返したが、根拠もある。

「それに、解毒剤を持たずに取引はできないだろうから、それも奪えば済む」
「そこまで考えが浅いと思う?」

 その顔に、恐れや焦りは見られない。強がりではなく、真実か。

「……話を聞くだけなら、約束しても良い」
「ありがと。じゃあこれ、早めに飲むように」

 受け取った錠剤を、彼女がしたように飲み込む。水がないと本当は嫌だったが、文句は言えない。
 ジーンはそれを満足そうに眺め、会議室から出る直前に言葉を残していった。

「効くわよ、そのカルシウムの錠剤。怒りっぽいあなたには、特にね」